2017-03-24 たおやかな風景 ㊳ 山の神 奈良新聞連載記事

山の神
別れと出会いの季節、何かと飲み会の機会も多くなる。
「うちの山の神のご機嫌がよろしくなくて、今日のところは…」とばつが悪そうに飲み会の誘いを断る男性。身に染みているのか「それではまた今度」と苦笑する男性。
もはや死語となりつつある「山の神」、どれぐらいの人がわかるだろうか。実はこれが「かみさん」の語源、妻のことである。
古来、子を生み子孫を繫栄させる女性は、穀物を生む大地と共に、豊穣の源として崇敬された。「母なる大地」とは、正に女性と大地を一体化している言葉である。
豊穣の大地の高みである山には、豊穣の神が宿っていると信じられ、山は信仰の対象となっていった。豊穣の山の神はもちろん女性である。
日本神話や古事記に登場する女神、イワナガヒメ(石長姫)、コノハナサクヤヒメ(木花咲耶姫)に代表されるように、古来より山そのものが女神、また山には女神が宿ると信じられてきた。女人の入山が禁制されるのは、山の女神の嫉妬による災難を避けるためであるという伝承もある。
相撲の土俵の女人禁制も事情は同じ。土が高く盛られた土俵の山には女神がおられる。つまりは、女神の手のひらの上で、修験者の験競べのごとく、男どもが力を競い合っているのが相撲というわけだ。
女神様とて女、自分より美しい者にはあまり良い気がしないようである。山登りの無事を願って、山の神を喜ばせるために、入山前に顔が醜いオコゼをお供えする習慣が残っているところもあるそうだ。思わず「鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番美しい人はだあれ?」と鏡に問うた「白雪姫」の物語の中のあの人のことを思い出してしまう。
五行説によると春は東の方角になる。つまり、平城京の東側に位置する佐保山が春の象徴となり、その佐保山に宿る神霊「佐保姫」が春の女神というわけだ。
佐保姫の糸染めかくる青柳を吹きな乱りそ春の山風
「佐保姫が染めて青柳にかけた糸を、風で乱さないでおくれ、春の山風よ。糸がもつれると織物をする佐保姫が困るだろうから」と詠んだのは、平安時代の歌人、平兼盛である。
「佐保姫」は染色と織物がお得意である。
染色と織物と言えば、もう一人この人を忘れてはならない。五行説で西の方角に当たる秋は「竜田姫」の出番である。竜田山の見事な紅葉は、秋の女神「竜田姫」の逸品である。
二人の姫君はそれぞれ色の好みが違い、「佐保姫」は桜の薄桃色をなど、やわらかいパステル色に野山を染め、一方「竜田姫」は、目にも鮮やかな赤や黄に野山を染める。対照的な二人の姫君によって、日本の季節は彩り豊かに染め上げられる。
ちなみにその他の季節にも、それぞれ神様がいらっしゃる。夏の神様は「筒姫」、冬の神様は「宇津田姫」、つまり日本の四季を司る神様はみな女性なのである。中国の四季の神様はみな男性というから面白い。たおやかな日本の四季には、やはり女神がよく似合う。
佐保路は、奈良坂から西へ不退寺の辺りまで連なる佐保山の麓に開かれた、平城京一条南大路の名残の道である。
この辺りは、かつては天平文化が花開いた平城京の中心地であったが、今はすっかりその影を潜めてしまっている。しかし、軒の低い格子造りの家が連なる法蓮の町をぽくぽくと歩けば、往時の面影を残す尼寺や仏像にふれることができる。
途中、法蓮橋の架かる小さな川が、万葉人が愛した佐保川である。春日山に源を発し、東から西へと平城京を縦断するように流れる清流は、折に触れ、豊かな四季の風情が詠われた。
その佐保川は、今や「佐保姫」のここ一番の腕の見せ所となっている。春の女神の吐息に一斉に花開いた桜は、佐保の川岸に数キロにわたって薄桃色の花のトンネルを成す。見事な春の万葉絵巻に、行き交う人はみな足を止め、ため息が漏らす。
夜毎灯される花見ちょうちんの明かりが、艶やかな花の下で酒宴に興じる男たちを照らし出す。
どうぞ、山の神のご機嫌を損ねないよう、ほどほどに…