2017-09-08 たおやかな風景 ㊾ 贈り物 奈良新聞連載記事

贈り物

 

「イチジクの木を植えました」
姉のように慕っている友人から一行のメールが届いた。
子どものころに住んでいた家にイチジクの木があった。ちょうどこの季節になるとたくさんの甘い実をつけた。イチジクの木から贈り物が届くこの季節、晩夏が好きな理由のひとつである。
木に登って実を収穫するのは私の役目で、母が「右、右!もう少し上!」と縁側から指示を出した。木に登ると、大きな葉っぱで実を見失ってしまうからだ。
友人にイチジクの思い出話をする私は、よほど幸せそうな顔をしていたのだろう。そして、よほど残念な顔をしていたのだろう、我が家の小さな庭には、イチジクの木は植えたくても植えられないと話す私は。
生駒高山に住むその友人の家は小高い山の上に建ち、斜面を駆け下りるように大きな庭が広がっている。
余分な木が伐採され、きれいに雑草が抜き取られた斜面の一角に、そのイチジクの木は植えられていた。
「あなたの木だから、いつでも好きな時に自由に実を取ってね。いちいちベルを鳴らさなくてもいいように、ガレージから入れる場所にしたの。ここを登る時はこの木につかまって…ほら、こういう風に。滑るから足元には気をつけてね」
まだ膝丈ほどのイチジクの苗木を相手に、収穫時の注意事項を、実演付きで真剣に話す友人の姿がおかしいやら、優しい気持ちが嬉しいやら、とてつもない贈り物を、私はしかと受け取った。
木につかまって斜面を這い上がり、私のイチジクの木によじ登り、美味しい実を収穫するその日まで、足腰を鍛えて長生きしなければならない。

1840年9月12日、婚礼の前日、ロベルト・シューマンは、新しい歌曲集にミルテの花を添えてクララに贈った。クララと結婚できるロベルトの喜びと、クララへの愛が溢れる、花嫁に贈る歌の花束である。
歌曲集『ミルテの花』op.25第一曲目の「献呈」をリストが編曲したピアノ独奏用の『献呈』、鬼才ピアニスト反田恭平のこの日のステージは、この曲で締めくくられた。
「反田君」のピアノの熱烈なファンである友人は、半年近く前にこの公演のチケットを入手し、ずっとこの日を待ち焦がれていた。
客席の照明が落とされた。いよいよ「反田君」が登場するというその寸前、友人は胸の昂りを抑えるように、「献呈を弾いてくれるといいね」と私の耳元で囁いた。
プログラムの全てが終わりアンコールへ。アンコール曲を待つ気分は、贈り物の包みを開けるあの時の感覚に似ている。何が出て来るかわからない、アンコール曲こそがファンへの贈り物である。アンコール1曲目、2曲目、そしてラスト、3曲目、出だしの音は正しく『献呈』だった。私は思わず隣の席の友人の顔を見た。
贈り物の価値というものは、受け取る人の心が決めるもの、幸せに満ち溢れる彼女の横顔がそう語っていた。
帰り道「私、また明日から頑張って生きていける」と彼女は言う。心待ちにする人の胸を躍らせ、またその余韻で生きる力を与える、何という贈り物だろう。これにはどんな輝きを放つジュエリーも敵うまい。

この夏、琵琶湖を舞台に描かれた感動の映画、『マザーレイク』が全国公開となった。昨年、滋賀での先行上映で味わったあの感動を、滋賀出身の両親にも味わわせてやることができる、と喜んだのも束の間、上映スケジュールの中に奈良が入っていない。「じゃあ、自分で持ってくるか」冗談のような話が、映画関係者の方々、滋賀や奈良の友人たちのお陰で、まさかの現実となった。
脳がすっかり子供に戻り、ここ数年、父の心は琵琶湖の見える故郷の風景の中に生きている。父が「帰りたい」と言う家は、奈良の家ではなく彦根の生家のことである。
先日、父が救急車で搬送された。頭の隅では覚悟はしていたが、よりによってなぜ今…。今日、父の痩せたぬくい手を握って呼びかけた。
「お父さん、もうすぐ奈良に琵琶湖が来るからね」
一日限りの奈良の琵琶湖、娘から父への最後の贈り物。

神様、どうかもう少しだけ時間をください…