2017-10-13 たおやかな風景 51 琥珀の旅の風景 奈良新聞連載記事

琥珀の旅の風景

 

天王山の懐、こんこんと名水の湧き出る豊かな自然の中に、日本のウイスキーの故郷はある。
この日、私が蒸留所で目にしたのは、懐かしい父愛飲の琥珀のボトル、そして一滴の水がウイスキーに生まれ変わるまでの、琥珀の旅の風景である。
生まれたばかりのウイスキーは無色透明で、辛くて美味しいものではない。樽の中で長い眠りにつくことにより、あの味わい深い琥珀色のウイスキーが誕生する。しかし琥珀色の謎は未だに解明し切れていないそうだ。温度や湿度、木の成分などの神のなせる技である。この先も我々に解明は難しいだろう。

奈良の古墳から多く出土される勾玉、なつめ玉などの琥珀は、その多くが岩手県久慈地方のものであることが解明されたという。久慈では、古墳時代にはすでに琥珀が採掘され、はるか奈良まで運ばれていたのだ。ロマンあふれる琥珀の旅である。
琥珀は、数千万年から数億年前に地上で繁茂していた樹木の樹脂が土砂などに埋もれ化石化したものである。8500万年前の白亜紀、恐竜時代の地層から発掘される久慈の琥珀の中には、太古の時代に生きていた生物が閉じ込められていることがある。自然界の偶然と摂理がもたらした地球からの贈り物は、はるか時空を超え、私たちを太古の世界へと誘う。

今夜は無性に「コンソメスープの名人」が読みたくなった。『人質の朗読会』(小川洋子著)の第五夜、人質のひとりである男性が、子供のころの出来事を朗読する行である。
一人で留守番することになった八歳の少年のところに、隣の娘さんが、ガスレンジが故障したので三時間ばかり台所を貸して欲しいとやってくる。死にそうな母親に飲ませるコンソメスープを作りたいのだという。
少年の家の台所に、調理道具や食材が運び込まれてきた。調理道具はどれも清潔感にあふれ、小さな傷やへこみは使い手の体温をとどめている。少年が何よりも驚いたのは、娘さんの貧弱さとは不釣り合いな、血の気も瑞々しい牛肉の塊だった。バットにずっしりと横たわる肉塊は、精気に満ち、艶っぽくさえあった。
コンソメスープ作りが始まる。娘さんの指の動き、生き物のように変貌していく肉塊、鍋の中のうごめき…目で見る情景を超える描写に、体中の感覚が研ぎ澄まされてくるのがわかる。
布巾を通して一滴一滴落ちる琥珀のしずく。
「ひたひたという音ともいえないほどの気配がホウロウの底から立ち上がり、僕と彼女の間を漂います。そしてそのコンソメスープの色といったら…」
この琥珀のしずくが、私を古い記憶の中へと誘った。
その日、父は何時間も台所に立っていた。お鍋や調理道具が台所にひしめき合い、それらは父の鼻歌を拒むように、時おり大きな音を立てた。
その夜、食卓に出てきたのは、食パンの欠片が浮いた琥珀色のスープ、それ一品だけであった。そのスープがどんな味だったのか、どうしても思い出せない。母が病気だったのか、私は小学何年生ぐらいだったのか、その記憶も定かではないが、父の手料理を食べたのは、後にも先にもこれ一回きりであることだけは間違いない。
もしかしたら、父も肉塊の脂肪を丁寧にそぎ落とし、切り刻み、全身の力でこね、額に汗を浮かべながらあのスープを作ったのだろうか。真実は琥珀の中に閉じ込められ未だ謎で、この謎はもう解かれることはない。

「まもなく東のそらが黄ばらのやうに光り、琥珀いろにかがやき、黄金に燃えだしました」(『水仙月の四日』より)
「正午の管楽よりもしげく琥珀のかけらがそそぐとき」(心象スケッチ『春と修羅』より)
宮沢賢治が、故郷の琥珀の輝きをどれほど愛していたかは、その作品に窺い見ることができる。
その音楽に、時おり琥珀の輝きを感じるのは、世界最大の琥珀産出国、ポーランドの生まれのショパンもまた、祖国の琥珀の輝きを愛していたのかもわからない。

水割りとコンソメスープと「ノクターン第20番 嬰ハ短調 遺作」、
今宵、琥珀の旅の風景の中で…

 

※奈良新聞に連載中の「たおやかな風景」が書籍化され、奈良新聞社より出版されました。第1話から第39話までが収められています。北井勲さんの素晴らしい写真と共に是非とも手に取ってご覧ください。全国の書店、ネット書店で購入していただけます。