2017-11-10 たおやかな風景 53 雲の裏側 奈良新聞連載記事

雲の裏側

 

待ち合わせ場所の山の麓で、地元大野の下野さんの軽トラックに乗り換え、夜明けの山頂を目指した。「絶好の条件ですよ」と下野さん。辺りはまだ真っ暗、夜中の雨も上がりぐっと冷え込んでいる。
山に入ると、車のライトが台風21号の無残な爪痕を照らし出した。散乱する木の枝や葉っぱが林道を覆い隠し、根こそぎなぎ倒された木が行く手を阻む。その度に下野さんは車から飛び降りると、ノコギリで手際よく幹を伐り、枝を払い、軽トラック一台分のゲートを突っ切った。ジェットコースターさながらの崖っぷちを走っているらしいが、幸か不幸か、立ち込める霧が遥か谷底を隠してくれている。
この時期、美山町(京都府南丹市)周辺の山々では気象条件により雲海が見られるという。雲海に昇る朝日を見に来ないかと友人に誘われ、前泊で美山町にやってきた。
きぐすりや旅館にお世話になるのは、何年か前、美山町が雪に埋もれた厳寒の新年以来である。朝が早いので夜のうちに会計を済ませておいたのだが、午前4時過ぎ、出発の準備をしていると、女将さんが部屋におにぎりを届けてくださった。この町はいつ訪れてもあたたかい。
崖の横で車が停車した。いつの間にか霧も晴れすっかり明るくなっている。「この先は歩いて登ります。すぐそこです、急ぎましょう」崖の上がこの山の頂上標高約650mで、そこから雲海に昇る朝日を一望することができるのだと言う。一体どんな風景が待っているというのか、我ながら驚きの底力で崖を這いあがる。
「ああ、あの木が憎い!」前を行く下野さんの声が聞こえた。道をふさいでいた木のせいで、わずかに日の出の瞬間に間に合わなかった。朝日はすでに雲海の上に顔を出していた。
実は私は日の出にこだわってはいなかった。雲の裏側が見たかったのだ。昇る日に薔薇色に染まる白銀の大海原。希望に満ち溢れる、一日の始まりの雲の裏側を見せてもらった。
「Every cloud has a silver lining.」(どんな雲もみな銀の裏地をもっている)
暗雲であろうと、その裏側では太陽が照り銀色に輝いている、つまり、どんな困難にも必ず良いことが隠れているから決して諦めてはいけない、という諺である。いかにも曇りの日が多いイギリスらしい発想である。

16世紀のイングランド王国にトマス・タリスという作曲家がいた。ヘンリー7世からエリザベス1世に至る、英国史上もっとも騒然たる宗教改革の時代を生き抜いた作曲家である。彼が残した多数の教会典礼音楽の中に「40声のモテット『我、汝の他に望みなし』」という声楽曲がある。三部合唱、四部合唱という表現に置き換えると、四十部合唱ということになる。40のパートによるアカペラの合唱曲である。聴取の限界を超えるあり得ない声の絡み合い、重なり合いが、この世のものとは思えない荘厳な響きを生み出している。人間の声に勝るものなしというところだろうか。目を閉じて聴いていると、中世の大聖堂の中に佇んでいるような錯覚に陥る。
数年前のこと、台風の接近で恐らく欠航だろうという天候の中、飛行機が飛び立ったことがあった。黒い雲の中に突入すると、上昇しているのか下降しているのか分からないほど機体が上下左右に激しく揺れだした。窓の外は真っ白で何も見えない。祈るほかなかった。
ようやく揺れが治まったかと思うと、窓から眩しい光が差し込んできた。眼下には一面の白銀の雲、波打つ雲が西天の太陽に黄金に輝いている。その瞬間だった。どこからかこのモテットが聴こえてきた。折り重なるビロードのような天使たちの声が、数多の人間の辛苦を包み込むように静かに響き渡る。
嵐の雲の裏側の、光り輝く楽園でのこと…

正倉院展の帰り、少し遠回りして飛火野から高畑町の方へと歩いた。途中、夕景に浮かび上がる浮見堂にカメラを向けたとき、西の空へと帯状に伸びるうろこ雲が目に飛び込んできた。
今ごろ雲の裏側では、羊たちが群れ成してねぐらへと向かっていることだろう。

 

※奈良新聞に連載中の「たおやかな風景」が書籍化され、奈良新聞社より出版されました。ぜひ、北井勲さんの美しい写真と共に手に取ってご覧ください。全国の書店、ネット書店で購入していただけます。