2017-11-24 たおやかな風景 54  手  奈良新聞連載記事

 

空の青に鮮やかに映える銀杏並樹、正面の洋風の建物が今年で87年目を迎える天理図書館である。今も創設当初のまま使われているその誇り高き佇まいが、色を深める晩秋のキャンパスに溶け込んでいる。
歴史を刻む重い木の扉の向こうでは、シャンデリアの灯りが、手入れの行き届いた館内のいたるところに、品のある光沢を与えている。200万冊の蔵書、国宝・重要文化財などの貴重書、先人たちが遺してくれた知の宝物に学び、大事に守り継いできた、たくさんの「手」を感じずにはおられない。
夏目漱石生誕百五十年を記念して、『三四郎』の自筆原稿など、館が所蔵する漱石に関する資料を展示していると知りやって来た。
漱石の肉筆は、活字では得られない人間漱石の体温を伝えて来る。学生時代に知り合った正岡子規と交わした手紙に目が留まった。正倉院展で見た1300年前の書簡ではない。若き二人の男子がこの筆文字の手紙をやりとりしていたのは、100年ほど前のことである。わずかの間に、我々は筆どころかペンさえも持たなくなった。この変化の速度はいよいよ加速し、あと10年もすれば、我々の半分がAI(artificial intelligence ―人工知能)に仕事を奪われるかもしれないそうだ。
すでに我々の暮らしは、パソコンや携帯電話なしでは考えられなくなっている。本を開かなくても賢い秘書が何でもすぐに教えてくれる。ペンを持たなくなったのも、筆まめな代筆者に、ペンを持つ機会を奪われているのだろう。

「手わろき人の、はばからず文書き散らすはよし。見苦しとて、人に書かするは、うるさし」―字の下手な人が、気にしないで手紙などをどんどん書くことはよいことである。字が下手だからといって、他人に代筆させるのはよくない。
吉田兼好が『徒然草』の中でこう語ったのは700年近くも昔、鎌倉時代のことである。
コンピューターに代筆させながら、年賀状を出す文化を守り続けている我々であるが、果たして意味があるのだろうか。毎年この時期になると考えてしまう。
より便利に、より手軽になっていく中で、我々は、大事なものを失っていくようで空恐ろしい気がする。

ポストの前で、母から託った葉書の字が目に入った。墨の香が微かに残る流麗な文字に、母の「手」が目に浮かんだ。
私が物心ついたころから、母は書道を教えていた。何年か前のこと、母が「もう教室を辞める」と言い出した。半世紀近く続けてきたこと、淋しくなるだろうとは思ったが、私にとってはさほど大きな問題ではなかった。母からは色んなことを手習いしたが、書道だけはなぜか避けてきた。お陰で未だに筆もまともに持てない娘である。
それからしばらくして、お手本や道具類を、長年母のもとに通っておられたお弟子さんに全部譲ったと聞かされた。母が長年大事に使ってきた道具だ。大事に使ってくださる方に受け継いでもらうのは賢明な選択である。道具たちも喜んでいるだろう。
母の傍らにはいつも硯箱があり、母は日常的に何でも筆で字を書いていた。いくらでもチャンスはあったのに、なぜ素直に書を教わらなかったのか。なぜ母のその「手」を受け継ごうとしなかったのか。
ポストの前に立ちすくみ、深い後悔に涙した、あの日の夜のことを思い出していた。

母の葉書をポストに投函し、その足でフジコ・ヘミングのコンサートに向かった。
世界中のピアノで鐘(『ラ・カンパネラ』)を鳴らしてきたその85歳の「手」が、その日、なら百年会館のピアノで鐘を鳴らした。鈴の音を彷彿させる柔らかな鐘の音が、ファンで埋め尽くされた大ホールに響き渡った。
昨今は、ピアノ演奏においてもメカニックな技術革新が進んでいる。より精密で、より高速な演奏技術の競い合いが過熱する中、そんなものどこ吹く風、彼女の演奏は人間味にあふれ、彼女のコンサートは常に聴衆で溢れ、CDも百万枚単位で売れると言う。不況の影を落とすクラシックコンサートの中で脅威の存在である。

AIに奪われるもの、奪われないもの、二分するその運命の鍵は、「手」が握っているのかもしれない。

 

※奈良新聞に連載中の「たおやかな風景」が書籍化され、奈良新聞社より出版されました。ぜひ、北井勲さんの美しい写真と共に手に取ってご覧ください。全国の書店、ネット書店で購入していただけます。