2018-03-09 たおやかな風景 61 海を見ていた午後のこと 奈良新聞連載記事

海を見ていた午後のこと

 

牙をむく黒い海を呆然と見ていたあの日から7年が過ぎた。あの未曾有の大震災の直後、海外のメディアが、地震や津波、原発事故を伝える報道に加え、日本人の行動に注目し、その美徳を称えたことを思い出している。
今回のオリンピックでも、世界は日本の選手たちの言動を大いに称えた。世界のひのき舞台に立つ若きアスリートたちが、日本人の美徳を世界中に知らしめ、そしてその素晴らしさを、我々にも思い出させてくれた。
明治期に訪日した欧米の知識人たちが称賛した品格ある日本人、世界一美しいと称賛した気立ての良い日本の女性が、100年以上たった今も健在であることを証明してくれた若きアスリートたちに、まず「ありがとう」と言いたい。

数年前のこと、クリスマスで大混雑のUSJで手袋を片方落としてしまった。帰り、ダメ元でゲストサービスに寄ってみたが、やはり届いていない。届いていないことが確認できただけでよかったのだが、「何時ごろですか」「どの辺りで落とされましたか」と懇切丁寧な対応である。窓口はどこも長蛇の列、たかだか手袋一つのことで気が引けて落ち着かない本人をよそに、係の女性は、もう片方の手袋をスケッチし特徴をメモし終えると「もし出てきましたら送らせていただきますのでご住所をご記入ください」と笑みを浮かべ慌てる様子もない。
手袋のことなどすっかり忘れていた頃にUSJから電話がかかってきた。手袋が見つかったとのこと。数日後、可愛らしいキャラクターのタグがあしらわれた片方の手袋が、わたしの元に帰って来た。
お恥ずかしい話であるが、忘れ物常習犯であるわたしは、こんな経験だけは誰にも負けないほどある。
レストランでバッグを忘れた時も、駅のベンチやスーパーのカートにバッグを置き忘れた時も、財布の中身もそのままに、バッグはちゃんとわたしの元に帰って来た。ホテルの部屋に置き去りにされた腕時計、アクセサリー、スマホなども、いつもわたしの元に帰って来る。これまでの人生でお世話になった善良な人や施設は枚挙にいとまがない。こんな「ゆるい」わたしは、この日本だから何とか生きていけている。

近年、奈良も海外からの観光客が激増しているせいか、日本の繊細な文化、日本人の美徳を再認識する機会が多くなった。
公共のルールやマナーを守る、非常時でも秩序ある行動をとる、整然としてもの静かである、小ぎれいで清潔である、人に優しい、正直で謙虚である、誠実で勤勉である、努力・忍耐力に長ける、品質・精度が高い、美的センスが高く繊細である、助け合い・サービス精神が高い、食事の栄養バランスやマナーが良い、挙げるときりがない。考えてみれば、夜間外を歩けるのも、出先のトイレに迷わずに入れるのも、日本人の美徳の成せるものだろう。
自然や四季に密着した生活の感覚、人と人の絶妙な距離感など、言葉には尽くせないものも含め、わたしたちが日常当たり前のようにやっていることが、海外では必ずしもそうではないことに改めて驚いてしまう。

ところで、バッグを忘れたレストランというのは、荒井(松任谷)由実の『海を見ていた午後』(74年)に登場する横浜・山手の「ドルフィン」である。
注文した「ソーダ水」がわたしの前に運ばれると、店内のBGMが『海を見ていた午後』に変わった。あまりのタイミングに、何か仕掛けがあるのではとテーブルの下を覗き込んだ。
「ソーダ水の中に貨物船が見える」ことはなかったが、はるか穏やかな海が見える「静かなレストラン」は、30年越しの乙女の夢を叶えてくれた。
お店を出てから、前の坂道や看板などの写真を撮ると、大事なスマホを握りしめて車に乗り込み、そのまま奈良に帰ってしまったのだ。つまり忘れ物の常習犯がバッグを置き忘れたのは、店内ではなくお店の前の道端である。
一日遅れで奈良に帰って来たバッグには、「ドルフィン」の青いコースターが添えられていた。
日本はやさしい国だ。