2018-04-13 たおやかな風景 63 母子草 奈良新聞連載記事

母子草

 

七草粥をいただく頃には探しようもない「春の七草」が、いよいよ背を伸ばし花をつけ、道端で容易に見つけることができるようになってきた。七草粥をいただく習慣が今のこの時期なら、スーパーに並ぶパック詰めの高価な七草を購入しなくて済むものを、いつもこの時期になるとそう思う。
畑の水路で柔らかそうな葉を繁らせるのはセリ。土手で群れなして無数の白い小花を咲かせるのはナズナ、風に揺れる三角の実が奏でる音楽が聴こえてきそうである。葉だけではそれとは見分けにくかったハコベも、ホトケノザも、それぞれ白、赤紫の可憐な小花を付けて存在をアピールしている。
呪文のように覚えていた「春の七草」の中の「ゴギョウ」が母子草であることを知ったのは最近のことである。この数日で、土にへばりついていた葉っぱから一気に茎が伸び上がって来た。花はまだ咲いていないが、やわらかな産毛に包まれた白い葉が、新緑の雑草の中でひと際目立っている。
母子草の名前の由来には諸説あるようだが、どうやら「母子‐ハハコ」というのは当て字のようで、特に「母と子」に由来するものではなさそうだ。しかし、この花の花言葉「いつも思う」「無償の愛」が、その名に因んでいることは間違いない。親の元を遠く離れて暮らす二人の息子の母であるわたしには、この花言葉の意味が痛いほどよくわかる。

4月に入って、ある女性団体の主催で《ことのは・こばこ》公演をさせて頂いた。演題は『母子草』、このプログラムは女性が対象の時に使うことが殆どであるが、これまでにたった一度だけ、男性ばかり約700人の前で『母子草』を公演させて頂いたことがある。小雨降る4月の肌寒い日、奈良少年刑務所へ慰問公演に行った時のことである。
中世のヨーロッパを彷彿とさせるロマネスク調の重厚な赤煉瓦造りの建物、その正門と言えば、まるで絵本に出でてくるおとぎの国の入り口のような佇まいで、よもや刑務所とは思わない。
「すみません」と門衛の方に声をかけると、即座に「面会ですか」という言葉が返って来た。傘を片手に、もう片方の手には大きな鞄を提げ、寒さにこわばる顔で立っているその姿は、息子との面会にやってきた母親の姿そのものだったのだろう。
「いえいえ、そうではなくて…」と慌てて説明をするわたしの後ろから、「面会です」という、か細い女性の声が聴こえてきた。わたしには振り返ることができなかった。
微動だにしない700人の受刑者の視線を一手に受けて、『母子草』の公演が始まった。その状況に臆することは全く無かった。ただ、門で耳にした「面会です」という母親らしき声が、公演中も頭の中をこだまして鳴りやまない。
この歌が巡ってきた時には、わたしはもう受刑者たちの母親になっていた。わたしは受刑者ひとり一人の目を見つめながら、祈るように歌った。

目覚めてから眠りにつく
すべて愛おしい
そう思えたの
笑うだけで涙が出たわ
あなたの喜びもらい
あなたの痛みももらう
この暮らしが続くのなら
何もいりはしない

たとえ世界中が
あなたの敵だって
私だけは
いつでも味方だわ
大丈夫、信じて

あなたが忘れていても
私が忘れはしない
この命を投げ出すのに
迷いなんてないわ
お願いどこかで笑ってて
それだけでいいのよ
それだけがいいのよ
(「おひさま~大切なあなたへ」より抜粋)

涙をぬぐう受刑者たち、わたしはあの日の彼らの涙を忘れない。それでも我が子に会いに行く、母親の姿を忘れない。

昨年、建物の老朽化で刑務所は百余年の歴史に幕を下ろした。2020年には建物をできるだけそのままに、ホテルに生まれ変わるという。
明治政府が全国に建設した五大監獄で唯一現存する刑務所、国の重要文化財にも指定された貴重な建築物である。残され活用されることは喜ばしいことだが、どうなんだろう。少なくともわたしは、数知れぬ母子の涙の染みついたこの場所で、笑うことはできない。