2018-04-27 たおやかな風景 64 いつも一緒 奈良新聞連載記事

いつも一緒

 

「この花が好き」、去年お庭を見せていただいた時の私の言葉を覚えていてくださったご近所の方が、「二人静」を鉢上げしておいてくださった。
十字に延びる葉の真ん中に、米粒ほどの白い花を並べる二本の花序、この花の姿を、能『二人静』の二人の静の舞姿に見立てている。風雅なこの名が、地味な花に特別な世界を与えている。花言葉は「いつも一緒」。
伝統色で「二人静」と言うと花の白ではなく渋い紅紫。八代将軍足利義政が『二人静』を舞ったとき、この紫の地に鳳凰の丸紋の金襴の衣装をまとったことから、この色に「二人静」という名が残ったという。

大和の国、吉野勝手明神の正月七日の神事のために菜摘女が若菜を摘んでいると、一人の女が現れ、自分を供養してくれるよう神職に頼んで欲しいという。菜摘女は名を問うが、それには答えず「もし疑われたらそなたに取り憑いて名前を明かす」と言い残して消えた。菜摘女は戻ってこのことを神職に伝えたが、神職が疑いの言葉を口にしたため、菜摘女は取り憑かれて狂乱する。神職が憑きものに名を尋ねると、自分は静御前であると答える。取り憑いているのが静御前の霊であると知ると、神職は弔うことの条件に舞を所望する。かつて静御前が奉納した衣装を身にまとい菜摘女が舞い始めると、いつしか静御前の霊も同じ衣装で現れ、一人の女が二人になり、二人は寄り添う影のごとく舞を舞う。これが『二人静』のお話である。
静御前と言えば京の都の白拍子。源義経が一目惚れしたという美貌の女性である。義経の正妻は影を潜め、愛妾の静御前との恋物語が今なお堂々と吉野の里に華を添えている。時代とは言え、さすがは時のスーパースターだ。まあ、今ならスターゆえの泥沼劇だろうが。

午後、友人が草餅を届けてくれた。まだほのかに温かい。包みを開けると緑色のお餅が六つ、ぽったりと並んでいる。指で押してみるとまだ柔らかい。思わず一つ、そのまま手づかみでかぶりついた。鼻の奥に蓬の香りが広がったかと思うと、あんこが口いっぱいにあふれ出た。蓬の苦味と、あんこの甘味が絶妙のバランスである。あまりの美味しさにもう一つに手を延ばそうとしたその時、「太るよ」と待ったがかかった。
私の中にはもう一人の「わたし」がいて、私のすることに何かとケチをつけてくる。冬服の片付けにしても、「明日やろう」と後回しにしようとすると、「今日中にやると決めたじゃない」と痛い所を突いてくる。そのくせ、「さあやるか!」と人がせっかくやる気になっているのに、「まだ寒い日があるかもよ」と惑わせたりする。結局、冬服は未だに片付けられず、春物と、更にはここ数日の真夏のような暑さに夏物までが混在している。
どっちがあまのじゃくなのか、ああだこうだとシーソーゲームをしながら、ここまで何とか生きて来た。そう言えば、昔、死んでしまいたいと沈み込む私を、「死んでどうなるのよ」と一笑に伏したのも「わたし」だった。お陰様で今日、私はあんなに美味しい草餅を食べることができた。

ベートーヴェンは32歳の時に遺書を書いた。作曲家が聴力を失うということ、それがどんなことなのか、挫折感、絶望感、苦悩、不安を切々と綴った。愛する甥に宛てて書いたこの遺書には、確かにベートーヴェンの死の覚悟が読み取れる。
しかし、ベートーヴェンは死ななかった。むしろそれからが凄かった。聴力を失った作曲家は、まるで何かに取り憑かれたかのように創造に打ち込み、交響曲英雄、運命、田園、ピアノソナタ悲愴、月光、熱情、ピアノトリオ大公、ピアノ協奏曲皇帝など、音楽史に残る名作を次々と生み出していったのだ。

夫だ、妻だ、親友だ、と言う前に、忘れてはいけない大切な人がいる。私の最高のサポーター「わたし」。誰がいなくなったとしても、二人はいつも一緒。

さあ、冬物の片付けを今日中にやってしまおう。今日こそは二人、意見が合うはずだ。